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2006年11月11日

ソクチャン(Soc Trang)――死ぬまで生きる豚

バスの行き先
 ホテルの前でヴィンロン市街とカントー(Can Tho)へ行く道が分岐するので、そこで待っていればバスが来るのだとレセプションで言われた。
「カントーまで行くバスはたくさんあるからそれで行くといいですよ。カントー発のソクチャン行きに乗るんです」

 こうして乗ったバスが走りに走って突き当たったのがメコン川、「渡し舟でカントーに行きなさいよ。少し行けばバスターミナルがある」と車掌は言う。ヴィンロン発のバスは川の手前を終点とするらしい。

 渡し舟は泥色の大河に堂々と浮かび、行き交う。緑光る対岸から対向する舟には車も人も膨らんで見えるほどに満載されている。ぼんやり眺めているうちに、たくさん人がジュースを入れてあったビニル袋をぽいと捨てる。ゆったり流れ、じきに沈む。そういう光景が繰り返されて、川は悠然としている。

  セロイというのはヴィンロンでも見たように、バイクの後部にシクロの乗客用車両を接続したものだ。これはメコンデルタ名物らしい。このセロイに炎暑で息も上がりそうな状態で寝かされた老女を見た。カントーへ渡るフェリーでのことである。

笠で風を送る女の近くに、老女が寝そべる。カントーに向かうフェリーにて
笠で風を送る女の近くに、老女が寝そべる。カントーに向かうフェリーにて
救急セロイ

「はぁー疲れた」と連発する中年女を傍らに、その人はいた。老女は頭にクメール族の女が好んでがかぶるクロマーをつけ、顔は表情が読めないくらいに皺だらけであり、ぼそぼそと喋るらしく、口が動いている。

「大丈夫よ、ねえ大丈夫」そんなことを中年女――老女の娘もしくは嫁だろうか――が言いながら、新聞紙で風を送ってやり続ける。ペットボトルの水をいらないかと聞く。送られた風を受け、老女の額に張り付いていた白髪がほんの少し、浮き上がる。ドライバーが「もうすぐだ」と気休めのように言う。

 老女の容態はわからない。ただ救急車でなく「救急セロイ」であることは傍目にも明らかだった。

ゴミ処理場
 カントー・バスターミナルで「どこへ行く」と聞かれてソクチャンだと答えたら、別のところから「ソクチャンっ」と怒号する男がすぐさま寄って来て、僕の腕を掴む。念のためと切符売り場にある料金表でソクチャンまでの料金を確認してから、その額を男に言ってみる。

「うん、そうだ。1万3000ドンだ」見事に合致している。バス乗車の際の面倒な料金交渉、あれは中部、北部の慣行なのだろうかと訝しくなるほど、南部ではその手間が省ける。

 市街地を出ると疎林の向こうに大きなゴミ処理場を見る。ゴミ処理場といっても、小学校の裏門近くにあった小さな焼却炉がぽつんと立つのである。煙突からは牛乳色の煙が勢いよく空に昇るのである。この焼却炉を取り巻くように広げられたゴミの平原の上をのろのろと何か拾いながら歩く人々が見えた。貧しさを感じさせる風景ではある。

 カントーのゴミ処理場を歩く人たちのなかには、あるいは慈善家やボランティアに代表される「世界の善意」を求めている人もいるかもしれないが、大半はそうでないだろう。
 そこにある自分の生活を送っているに過ぎないと想像する。

 日本は豊かで日本人も同様だから、東南アジアの国に来ると急に慈善の心を催すことが多いと聞く。そういう傾向のある人にしてみれば、カントーのゴミ処理場にも改善すべき対象が見出せるだろう。

 だが日本もわずか60年前は、貧窮する敗戦国であり、吸殻を拾って残りの葉を集め、辞書のコンサイスから破り取った一ページで巻いたタバコを大学卒の人が売っていたのである。

 その人たちが、では救われるべき貧しい存在だと自らを考えていたかどうか。そしてそういう人たちの孫が今、高校あたりで携帯電話をいじって授業を聞かずに渋谷で遊ぶ計画を練ったりしている――ソクチャンに到着するまでずっとこんなことを埒もなく考えていた。

「すぐ行こう」
 改良中の道路をのろのろと走るバスに揺られ、クメール寺院をいくつか見てようやくソクチャンに到着した。勢いをつけて群がり寄るバイクタクシー・ドライバーたちからたいてい1人が残り、最後まで粘り強く「どこへ行く、俺ならすぐ行ける、速いぞ。すぐ行こう」と強弁する。
 コウモリが大量に棲息する「コウモリ寺」の名前を出したが最後、しつこく付きまとわれるようになった。
「いえ、すぐには行きません。泊まるところを決めて、それからです」と何度も僕は訴える。腕をつかまれるので、それを離して欲しいと半ば哀願調になって言う。「泊まるところを決めてから、またあなたに会います」
「いや、今そこで飯を食ってそれからすぐ行こう」
 バスターミナル近くのNha Troにした。1泊45000ドン、トイレ共同なれどもテレビ付き。

「この部屋、とてもいいでしょう」と誇らしげに言う女主人は、テレビのスイッチを入れてから部屋を出て行った。
 テレビ自慢の宿ということだろうか。

難民の歴史
 コウモリ寺はソクチャン市街から5キロほど離れた背の高い木立のなかにある。集落のはずれに位置するらしく道路も未舗装である。門の近くには数軒のサトウキビジュースの店があり、小さな商いをしている。

コウモリ寺の犬。暑いので股を開いて冷えた床で涼をとる
コウモリ寺の犬。暑いので股を開いて冷えた床で涼をとる
 境内に入ると鮮明なオレンジ色の僧衣を着た少年僧たちが音も立てずに歩くのを見る。よく剃ってある頭も日に青々として、彼らは裸足でひたひたと歩く。ときどき寺で働く少女と言葉を交わす。性の目覚めもある頃だろうにと気の毒になるが、実際のところはどうなのだろう。

 本堂は相当の寄付で建立されたらしく、寄進者の芳名が居住地とともに仏伝を描いた壁画の隅に入っている。

「カリフォルニア、オーストラリア、台湾。それからパリ――」
 読み上げていくうちに、ベトナム現代史におけるボートピープルの発生を思わずにはいられなくなる。ここに名前のある人々が全員ボートピープルとなって国外に脱出したとは考えないが、いずれもボートピープルが国連難民高等弁務官を仲介者として移住したと言われる土地なのだ。

 故郷の寺を遠く離れても忘れない気持ちがあるのだろう。それだけ土地と密接に結びついて生きてきたのだろう。翻って日本を気軽に「脱出」してきたわが身は――

 頭が煮詰まりそうなので、切り替えてコウモリを探す。
「きゃあ」
「ひょう」
 こういう子供たちの甲高い声がする方向へ行くと、本堂の裏手の木々にいるではないか、コウモリたちが。まさに鈴なりである。
 真っ黒の彼らは頭を下に足で枝を掴んでいる。だから頭や胴体の膨らみに比して上の方、脚部はすぼまって見える。詰め込みすぎの買い物袋に似ているのはこのためである。ときどき羽根を大きく開いて体を揺らす。あるいは風に揺れてしまうのだろう。

 下の地面に糞がさほど落ちていないのは不思議だが、夜になってどこかへ出かけたついでに用足しをすることが多いのかもしれない。寺の境内でしないのは一種の礼儀を守っているとも考えられて面白い。

奇形の豚
 このコウモリ地帯のすぐ近くには、五本指の豚が飼われている。五本指の豚――豚は通常四本指――を食べると悪いことが起こるから、飼育する近隣住民が寺に預けてしまうのそうである。そのようにガイドブックにはある。つまり忌まれているのだ。

ぐだぐだしているコウモリ寺の豚たち
ぐだぐだしているコウモリ寺の豚たち
 畳で二畳分ほどの広さでコンクリート製の囲いがある。高さは1メートル弱程度だ。この囲いの上にニッパ椰子の葉で葺いた屋根がかけられ、四方を柱で支えている。立派な豚の家である。
「豚がいるよ、豚だよ」
「豚だね、豚だ」

 先客の老女とその孫らしき子供が覗き込んでいる。醜怪に肥満した豚が囲いのなかでだらだらしている。まるで夏場の満員電車を上から見る感じで熱気――それとも臭気か――が鼻を塞ぐように上がってくる。

 まだまだ食いでのなさそうな子豚が数頭、かつての横綱武蔵丸のようにによく肥えた豚がその倍ほどの数でいる。どてりと寝転んで喘いでいるやつもいれば、緑に濁った餌の汁をうまそうに嚥下するやつもいる。

 豚が醜い動物の代表格として語られるのは世の常だが、現代日本でそれを実感として得ることは少ないのではなかろうか。少なくとも僕はこの寺で豚を間近で真剣に観察するまで「豚のように汚い」というような言い回しを、ただの慣用句として受け取っていた。

「帯に短したすきに長し」を、中学生の頃、「たすきっつうのはあれだな、駅伝大会でしか使ってないなあ」と思いながら国語の授業で慣用句として習ったような世代である。

死ぬまで生きる豚
 寺の豚をまじまじと眺めるのは楽しい経験だった。何より彼らの生涯に心動かされるものがあった。
「食われるために生かされる」、このよくよく考えれば過酷で残忍な末路しかない生を、飼育動物(若干の野生豚はいるだろうが)たる豚たちは粛々と辿り、ある時点で殺されるわけだ。

コウモリ寺の豚の墓。安らかに眠っているのがよくわかる
コウモリ寺の豚の墓。安らかに眠っているのがよくわかる
 しかし豚は世界的に見ても別格だろう。彼らの飼う寄生虫やその生態の醜さをもって、いくつかの宗教は戒律で食べることを禁じているほどである。五本指に生まれついたものだけが、仏教寺院で「死ぬまで生きる」ことが許されるのかもしれない――

 僕は豚の臭気にまみれつつ、仄かな感動に打たれていた。死ぬまで生きることの望める彼らは何と幸福なのだろう。コンクリートの囲いから程近く、そこには豚用の墓まで用意されているのである。

 驚くべきことに彼らの墓はすでに数基、外部には享年が記され、同時に生前健やかなりしときの姿が相当にファンタジックな絵筆で描かれているのだ。

「不殺生というのは」僕は独語した。「素晴らしいものだなあ。豚も涅槃に行けるんだろうなあ」
 寺を出る前に、本堂を含め、いくつかの堂を巡る。いずれのところでも暑さに長い舌を出す犬が、のそりのそりと出入りする。疲れると冷たい石の床に平べったくなって眠る。ちょっとした塊に見える。そのうちのひとつかと思って手を伸ばしたら、それは午睡に沈む若い僧の頭だった。

ソクチャン宿泊データ
名前:Dong Hoa 1
料金:45000ドン
部屋の広さ:三畳程度
設備:エアコンなし。天井ファン。水シャワー。トイレのみ共同
レセプション:「肝っ玉母さん」的な人がいて、明るい
一言:テレビの映りは悪かった
 

(VietnamGuide.com)

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