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2006年11月10日

ホアビン(Hoa Binh)――「少数民族」に会うために

日常的詐欺
「3万ドンだってば」と遠くの座席で笑う乗客に僕は何と言えばよかったのだろう。
「嘘ついたらケーサツ呼んでやるかんな!」とでも叫んだらどうなったか? おそらく「3万ドンだってば」と嘲笑されて終わりだろう――

 北部最後の田舎行きは、ホアビン省である。ハノイ経由でホアビン行きのバスに乗り込んでしばらく、料金回収はなぜか僕だけされず、市街も近くなってから童顔の車掌がやって来たのである。

「料金出しな」そう言う彼を、近くの席から同僚で年長の車掌が応援するように見つめている。その顔は何かの期待にぎらぎら輝く。

 僕は僕と同じでホアビンまで行く乗客が1万4000ドンを払うのを確認していたので同額を渡したのだが、彼らはこの瞬間二人で口を揃えて「3万ドンだよ」と言うのだった。
「あそこの人だってホアビンまでだ。それで1万4000ドンだった」僕はニヤニヤする車掌の手に札を押し込もうとした。

 彼は「そんな額じゃあ受け取れねえ」とばかりに拒絶する。こうして軽い問答となり、周囲の乗客の注意は否応なしに僕に集まってしまう。乗客は片言のベトナム語で「高すぎる」と連呼する外国人に興味津々である。
「あはははは」と笑う人もいる。

 僕の方もなぜ彼らが「本当は1万4000ドンだ」と救いの手を差し伸べてくれないのか、その精神構造に興味津々である。こういうのを日常的詐欺と、僕は勝手に呼んでいる。これだから北部は嫌なのだと嘆いてみるが、事態が打開されるわけでもない。

冷めない頭
 ホアビン省の風景は緑の山岳である。僕は外を見ることで頭を冷やそうと思った。何度目の倍額請求だろう? 支払いを拒んだ一度は放置した車掌だったが、さらに進むと再度料金の請求で声をかけてくる。
 僕はもう一度言った。「あそこの人だってホアビンまでだ。それで1万4000ドンだった」

 車掌は手を変え品を変えということか、最後部に座る僕からは遠い、ドア付近の男に言った。
「3万ドンだよなっ!」
 そして言われた中年男は冒頭のように答えたのである。こういうとき、相手の顔を必要以上ににやけたものとして認知してしまうのは「疑心暗鬼を生ず」効果だろう。「3万ドンだってば。ベトナム人も3万ドンだって」
 他の乗客の笑いを誘う、明るい調子だった。これは一種の劇である。僕だけが笑うことを許されていない笑劇なのだ。

「ベトナム人には外国人の顔が金に見えるのです」という一文が記憶の底から憤懣とともに浮上した。要するにベトナム委では持つ者から多く取るのは何ら悪いことでなく、むしろ当然だというのである。
 しかし日常的にかつ集団で申し合わせの上、やられたのではたまらない。

ホアビンのホアビンダム近く。特に何もない
ホアビンのホアビンダム近く。特に何もない
セミが鳴く

 ホアビン省ホアビン市はダー(Da)川右岸に開けている。西(にし)北部の大山地に連なる小さな山々に抱かれ、盆地の印象が強い。ハノイからライチャウ(Lai Chau)へとつづく国道6号線、これが中心部の深い並木の下を抜けている。

 ホアビン・ダム(注:ホアビン水力発電所は旧ソ連の援助によって着工された)を写したポスターを入り口に貼る写真屋がある。

 セミの鳴き声がかしましく、ここでは一木に集って夕立のように激しく音を降らせ、ついでにあの「小便」を落とし、しかしなぜかそういう巨木の下でバイクタクシー・ドライバーは休み、客待ちするのである。

 バス・ターミナルは市場の裏手にあり、遠く近くの山の緑を望む。市場近くのNHA NGHI ではレセプションの青年が「ダムを見に行くといいよ」と言うので、バスからも聳える姿が見えたが、せっかくだからと思い、外へ出る。

 ダムまでの上り坂の手前に廃屋のようなチェックポイントの建物がある。ここにいる人民軍の男は僕より若くて初々しい。まさに紅顔の美少年である。
「入っていいですか? 歩いて行けますか?」と唐突に尋ねる外国人。
「……」戸惑う人民軍兵士。
 ダム見物に来る外国人は少ないのだろうか? それとも僕のベトナム語がよほどへんてこりんだったのだろうか?

トラバーユ
 日差しは厳し。それがダムの下に淀む水に反射してまぶしい。いまは乾季の終わりとあって放水量は少ない。町で見たポスターには、爆発するように放水されているところが写されていたので、やや物足りない気もする。だが急な階段を上がってダムの上から眺めるホアビンの風景は絶品である。。ハノイの方角に向かって徐々に開かれていく様子が手に取るようにわかる。

 ダムの下は芝生が植えられた公園である。あたりに散らかされている菓子袋などが観光客の往来を思わせる。ダム湖はいつか見た東京の奥多摩湖に似ているが、あそこよりももっと人の気配がない。ダム湖を抱える屏風状の山々は静かに黙っている。ダムにぶつかるように吹いてくる風は相当に強い。耳のそばでずっとぶわぶわと音がしている。

 昔の話になるが、僕が日本軍にいた方から聞いたところによれば、米軍が日本に本土上陸する前に、仏領印度支那に上陸するとの判断で、それに抵抗するためこのホアビン山中でも陣地構築が行なわれていたのである。

「トラバーユ! トラバーユ! そう言ってね、フランス軍の捕虜に働いてもらいましたよ」
 僕に話を聞かせてくれた方はそう往時を回顧した。そんなことを考えながら山の方を見る。

 こんな山中に来るかどうかも定かでない米軍を迎え撃つべく穴を掘る気分はどんなものだったのだろう? 僕はダムを降りてからも、穴を掘る気持ちについて想像してみたが、うまくいかなかった。ダムを降り、観光客相手にダム近くで営業する路上ジュース屋に腰を下ろした。

ホアビンから入ったキンボイの町、右隅に少数民族の女性がいる
ホアビンから入ったキンボイの町、右隅に少数民族の女性がいる
「少数民族」に会うために

 ガイドブック曰く、「(少数民族の)ムオン族の住む集落は、ハノイから西へ約100kmほど行ったホアビン省のホアビン周辺に多い」のである。

 僕はサパ(Sapa)に行かなかったので、北部のいわゆる「少数民族」はランソン、カオバン、バッカン、トゥエンクワンの各市でごく少ない数を見たに過ぎない。だからこうやってガイドブックが示してくれるような場所でどうにかとの思いがあった。ダムとホアビンの山々の次に目的としていたのが「少数民族」だったのである。

「少数民族」の人々の姿を遠くからでも見て、明らかにキン族とは違うのを確認できればそれでいい。ホアビンに着いた翌日、近郊のマイチャウ(Mai Chau)もしくはムオンケン(Muong Ken)行きのバスをバスターミナルで探した。だがいずれも時間が遅かったので、帰りの便がないようだった。

 それでもバイクタクシーという手段があるので、ドライバーたちに一旦色目を使ったが最後、ひたすら「マイチャウへ行くのだ」「ムオンケンならすぐだ」と暑苦しい説得攻勢を受けることになってしまった。
「ムオンケンにはムオン族の人がいますか? たくさんいますか? 見ることができますか?」

 僕の質問に熱心な態度で答えるドライバーがいた。彼はヒトラー的な口ひげにつぶらな瞳を持つ、ごく普通のドライバーである。ここで言う「ごく普通」とは人当たりが良すぎるほどに馴れ馴れしく、後部座席に客を乗せるためならあらゆる種類の笑顔とちょっとした方便を使いこなす技術に長けているという意味である。

「ムオンケンにはムオン族がたくさんいるぞ」
 名前を聞き忘れた――仮にグエンさんとしておく――が、ドライバーが言った。

空振り
 ムオンケンでムオン族を僕は見なかった。ソンラー(Son La)方面へ伸びる国道6号線を歩いたり、岩山につながる細道に足を踏み入れたりしてみた。土地鑑ゼロとあっては無念の敗退も止むを得ない。1時間ほど歩き回ったのち、僕は所期の目的を放棄することにした。

巨大な岩山と緑の水田の組み合わせが美しいムオンケン
巨大な岩山と緑の水田の組み合わせが美しいムオンケン
 往復で料金交渉し、合意に達していた。しかしムオン族の人と一度も遭遇しないとあっては約束が違う。ここからが傲慢な僕のやり口であって、ホアビン行きのバスをすでに発見していた。それに乗ってしまえば安上がりに戻れるのだと考えた。

 もしバスに乗るところを発見されたらどうしよう。何と反論しよう? そんなことを思案しながら路上のジュース屋に座った。ぬるいジュースを飲みながら30分も休んだころ、グエンさんがバイクで一度は店を通過し、僕を認めるや慌てて引き返してきた。

「もう帰ろう、時間だ」グエンさんは疑わしげな表情で僕を促した。「なっ帰ろう。ホアビンへ帰ろう」
「……」

「乗りな、ホアビンに戻るんだろう?」
「あなたは嘘をつきました。バスで帰ります」
「嘘なんかついてないぞ」
「あなたはムオンケンではムオン族の人をたくさん見ることができると言いました。でも僕は1人も見ませんでした。あなたは嘘をつきました。よくない人です」

家族の話
「僕はバスでホアビンに戻ります。バスは安いです――あなたは嘘をつきました」
「嘘をつきました」と嘘つき呼ばわりしたことがグエンさんの癪に障ったらしかった。表情が次第に強張り、ふてくされる僕以上に何かを不満に思うのは明らかだった。
 彼は勢いよく語りだした。それは話すというより語ると形容するにふさわしいものだった。

 彼は何を訴えようとしたのか? それは彼自身が営む生活の要諦であり、家族のことである。
「俺はお前を2時間待った」――確かにそうだろう。それが約束だったのだから。
「飯を食い、茶を飲んだ」――ちょうど昼時だったものなあ。
「俺には妻がいて子どもがいる。家族があるのだ」――なるほど、家長なわけだ。家族思いとも言える。
「働いて金をもらえなかったらお前だって嫌なはずだ」――それは嫌だ。けれども僕は往路分の2万ドンは払うと言った。

バイクタクシー・ドライバーの生活と意見
 他にも彼は語ったはずだが、僕の耳のよく追いつくところではなかった。そして彼の演説の途中から僕は「ムオン族」のことはもうどうでもいい気がしてきたのだった。

 旅行ズレしてしまい、ベトナム人と話す――それができなくてもそう努める――ことに尻込みする毎日だったので、ムオンケンで久しぶりに自分が開かれていく気分になれて幸福だったのである。
 何より僕は「バイクタクシー・ドライバーの生活と意見」を窺い知ることができたのである。大収穫としなければいけない。

 付け加えておくと、ムオン族について彼はなかなか説得力のある説明をした。
「ムオンケンやマイチャウの山のなかに入らないと駄目だ。ムオンケンにだってムオン族がたくさん住んでいるが、山に入らなきゃいけない。そういうところに行きたかったらハノイでガイドを雇うのだ。ガイドに連れ回してもらうのだ」
 的確なアドバイスである。「いちいちごもっとも」と言いたくなる。

1日の収入
 僕がベトナム語で十全の説明と要請をしなかったこと、これがトラブルの原因である。「民族衣装を着て少数民族然とした人」「山間に少しでも入ったところで集落を」と言葉で駄目なら絵を描いてでも頼むべきだったのだろう。

 だが僕にはそこまでの熱意はなかったようだし、そもそも自分がここでは日本人という「少数民族」であることに、どこかで引け目を感じていたのである。少数民族が少数民族を眺めて「おお、俺は見聞を広めたなあ、ベトナムらしいなあ」と悦に入ってしまう状況を、どうにか考えてみる必要があるのだろう。

 これはだが容易に答えが用意される問題なのである。

 帰り道、グエンさんは優しかった。山のあちこちを指差しては「あれもムオン族の家だ。家はああやって山のなかにある、わかっただろう?」と僕を宥めようとするのだった。
 そんなに僕は憤っているように見えたのだろうか? 恥ずかしいことである。
 さて「家族思い」のグエンさんは、僕をバスターミナル近くで降ろすと、客待ちする仲間たちを一瞥だにせず走り去った。

ミネラル・ウォーターの町
 キンボイという町は、ホアビン市内で売られているミネラル・ウォーターの商標に使われているくらいなので静かな田舎町と想像された。地図上を細く流れる川は水道水のように澄んでいるものと期待した。

 僕はムオンケン以上の田舎町を、せっかくなので訪れたかったのである。そこで地図を眺め、候補に挙がったのがキンボイだった。

 これが最後の北部の田舎だ。自然とバスの車窓からの眺めにも感傷的になる。とはいえ見慣れてしまった岩山と水田、畑、牛、自転車に乗る子どもたちという取り合わせに眠気を催す。

 だがキンボイの町の直前から始まった緑の美しい並木に目の覚める思いだった。迎えるようなその木々の列を抜け、入った町は全長500メートルあるかなきかの規模。

 いくつかの例外を除いて家屋も平屋ばかりである。市場の前だけはバイクタクシーが集まり、バスの発着もあって賑わうが、脇にそれてしまえばバイクのエンジン音も途絶えがちな静けさである。

「わかんない?」
 僕はまず川に出ようと思った。キンボイ印の水がどのようにボトリングされているのか知る由もなかったが、この町を流れているボイ(Boi)川の流れはその名を商品に冠せられるくらいだから印象的なものであるはずだった。

「わかんない?」と言ってきた女性が右隅に
「わかんない?」と言ってきた女性が右隅に
 国道21号線を外れるとすぐに小川に出た。この川は厳密に言えばボイ川ではなかった。ボイ川に合流する川であることを後日確認したのだが、しかし汚かった。土管を並べその上に土をかけてつくった橋があった。そこに立って流れを見れば、あらゆる類のゴミがこびりついた土手とそれらを沈殿させた川底があった。

「まさかねえ」と思う。この川がやがて流れ込むボイ川の水が突然に透明度を増すとは考えにくい。ではこの山間の町ですでに川は汚れているのである。

 抱きがちな田舎幻想が崩壊するのはこういうときで、だが別段失望するわけではない。「自然を守ろう」といった虚飾の文言を忘れさせてくれるベトナムの「自然」の方が僕の好みには合うからである。

 どこへ行っても結局は人間の優先するものは「楽」であり、ゴミを近くに放り捨てるのもそれが楽で人性の自然だからだろう。そういう楽さと引き換えにした分別収集、こういうもので、われわれ日本の一般市民は、心身ともに疲弊するのである。

 道の向こうからやって来る中年の女――黒の上衣に黒のゆったりした巻きスカートという「民族衣装」を着ている――を見た。

 彼女は道がわからないのか、僕のところを通過するまでに数軒に立ち寄って何か尋ねるようだった。彼女はどことなく行く当てのない者の雰囲気を漂わせていた。そしてしゃがんだままの僕の前に来たときこう言ったのである。

「どこいくの?」
「わかんない」と瞬時に僕は答えた。彼女がどの「民族」に属するかはわからなかった。
「わかんない? あははっ」
 彼女は快活に笑い、片手に持った荷物を振り振り、山の方へ去って行った。

公安百態
 ベトナムの公安の人々の公的生活をテーマに、「公安百態」なる写真集を作れたら面白いのではないかと思う。

 彼らの職務は犯罪の取り締まりだけでなく思想警察的なこともするらしい。そういう厳格さの建前とは裏腹に、少なくとも普通の場で見かける彼らの公的生活は、ぎょっとするほどだらしない。そう感じるのは、何も僕だけではないだろう。公安の服務規定がどうなっているのか、調べたことはないが、以下、印象に残った彼らの姿を列挙してみる。

 ――路上カフェで鼻をほじりながらスポーツ新聞を読む。
 ――交差点近くの歩道で交通整理をせずに仲間と談笑する。
 ――路上カフェでくつろぎつつ、宝くじ売りから宝くじを買う。
 ――交差点で停止線を越えた自転車少年の尻を警棒で強かに打つ。

 どうだろうか。「絵にならない」だろうか。思うにいずれも服務規定には抵触しないのだろう。「勤務中に!」などと目くじらを立てる方が四角四面のつまらない人間だということだ。警棒で思いつきのように他人の尻を叩くのも、一応交通整理の一環とも考えられる。

○×△□
 しかしホアビンのバスターミナル駐在の公安はうぶな僕を少なからず驚かした。彼は僕が割合長期にベトナム滞在をしている日本人であり、近くに泊まっていると知るや、言い放ったのである。

「昨日の夜、お前の部屋に女が来なかったか?」
「?」
「いくらだった?」
「来ませんでした」
「じゃ、今夜は行くだろう」
「はあ」
「ホアビンの女と○×△□するといいぞっ!」

 彼はおそらく公共放送では流せないような卑猥な仕草を交えて、「ぜひとも」と教唆するのである。この公安の姿に勇気を得たのか、集まっていたバイクタクシー・ドライバーたちがこぞって「俺が案内する」と手を挙げてくるのだった。

 ドライバーのなかには「わたしは教師だ」と言う――日曜日なのでアルバイト中だったのだろう――男がいたが、彼だけはこの話に乗ってこなかった。
 彼の実直そうな笑顔に、僕は敬われても金銭的には報われるところの少ないこの国の教師のことを思った。

 ○×△□しようと出かけた先で○×△□をせよと言った当人に出くわし多額の賄賂を強要されるシーンを僕は想像した。まったく面白くない。

「僕はハノイに帰りますッ!」自分が純朴な田舎出の少年になった気分を味わいながら、僕は魔窟と化したバスターミナルの待合室を抜け出した。正式名称「人民警察勢力公安」が、いかに人民の欲求に親しく、理解があるか如実にわかって面白くはあったが――


ホアビン宿泊データ
名前:Hoang Lan
料金:9万ドン
部屋の広さ:八畳程度
設備:エアコンなし。扇風機。温水シャワー
レセプション:思春期の少年がホアビン観光について教えてくれる
一言:市場に近いが静か。バスターミナルから徒歩5分

(VietnamGuide.com)

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