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2006年11月08日

バッカン(Bac Kan)――50円玉の水

胃まで吐く
 カオバンからバッカン、ターイグエン(Thai Nguyen)を経てハノイへ通じるのが国道3号線である。払暁にカオバン市内を出るとバスは山間の峠道へと入る。ほぼ満席でめいめいが荷物を大量に持ち込んでいる。

 朝は特にこういう「物流」の現場が見ることが多い。ある母子は巨大な石灰袋のようなものを車内に持ち込んで、車掌に「うしろにやってくれ」といわれていた。僕の荷物もまた「うしろにやって」あるのだが、言葉は悪いが糞も味噌もいっしょにしてしまうのが、バスの物流である。

難路の果てに辿り着いたバッカンのバスターミナル
難路の果てに辿り着いたバッカンのバスターミナル
 峠道は厳しいものだった。僕の背後の席に座る少女は、乗車前は見送りの友人とバイン・ミーなど食べてお喋りを愉しんでいたのだが、揺れが激しくなると嘔吐し始めてしまった。
――うぇ、おぅ、えぃ。
 胃まで吐き出すようである。寒い朝のためにみんなが閉ざしている窓を、彼女だけがそれを開けたり閉めたりする。吐息も聞こえる。かなり参っているらしいが、嘔吐する彼女の音に僕も参っている。
 
 びょおうと音がするとビニル袋が眼下の大森林に落ちてゆくのが眺められる。峠ともなると切り立った断崖を見上げて道路はうねりを繰り返す。視界の彼方まで海のように山々が連なり、手つかずの緑がそこにある。森林を貫いて走る大送電線の塔がかすんで並んでいる。

少数民族の人
 峠近くにも人の住まいはある。豚や鶏が道路の外れを歩いたりしている。木の板を継ぎ合わせただけの簡素な小屋のような家の前、そういうところでバスを待つ人もいるわけだ。なかには少数民族の装いで立つ人も見られる。

 乗り込んできたひとりの女に車掌が「どこまで」いうと、僕には聞き取れない地名を彼女は答えた。黒を基調とした服にはところどころに鮮明な色で刺繍が施されている。頭には筒型の帽子が置かれ、口を開くと歯が黒くなっているのが確認できる。

 当たり前のことだが、少数民族の人々もバスを利用するのである。言葉はどうなっているのか。違う言語を使う人々もいるのだろうが、こういう公共機関ではある言語に特定されているようだ。そういえばコントゥムのセダン族はベトナム語とは異なる言語を話すと聞いた。
 カオバン省の少数民族が独自の言語を持たない理由はない。

車掌の吐息
 バッカンまで60キロを残して休憩となった。みんな食事に用便にといそいそとバスを出て行く。
「あんたも飯を食えよ」と、ハンフリー・ボガート似の運転手がいう。彼は声まで似せるのか、低く押し殺した感じなのである。
「トイレに行きたいです」
「じゃ、あっちだ」

 長距離バスの食事休憩は、毎回決まったところがあるのだろう。店でたとえ食事を取らなくても、乗客は気兼ねする様子もなくその家のトイレを使用する。個人宅のそれである。店の人間が嫌がってもおかしくないように思うが、そうはならない。

「あっちだ」と言われたトイレは、食堂を抜けて奥に行った突き当りにある。ぶーとかひーとか声が聞こえ豚が近くにいるからだろう。先客があるらしく戸が開かない。物凄まじい破裂音につづいて豚の声とは違う人間的な声――「はあぁー」「ふうう」――がする。先客が腹を下しているらしい。

 待つことしばし、戸が開いた。出て来たのはバスの車掌である。彼は腹をさすりながら、外のドラム缶から水を桶で汲み出し、便器にかけて洗い流す。「はあ」と吐息を数度つく。僕は下痢というのはベトナムの食べ物・飲み物に合わない外国人だけが苦しむ症状だと勝手に思い込んでいたから、彼の苦しむ姿を新鮮に感じた。
「ベトナム人でも下痢をする!」
 そんな当たり前のことをいまさらトイレの前で発見するのも間抜けである。

バッカン市内の風景。川の流れは少ない
バッカン市内の風景。川の流れは少ない
のどかな省都
 バッカンは小規模の盆地状になっており、小高い山が風景を限る。僕は橋を渡ったところで始まる街の手前で下車した。引きずられ、そして道路に投げ出されたバックパックは真っ白になっていた。これは親子が積み込ませた石灰袋のせいである。

 国道3号線が直進する通りの左右は郵便局、人民委員会、公安など、どこの町でも変わらぬ官庁が揃う。雑草が繁茂し、石ころだらけのだだっ広いグラウンドもある。
 もっとも新しそうなNHA NGHIに決めて、散歩に出る。

 町は流れの小さいカウ川の右岸に沿って開けている。このカウ川は流れ流れてバックボ湾(Vinh Bac Bo)に注ぐ。源流はバッカン省の西方に位置するチョドン(Cho Don)にある。

 地図帳を開けばこの川はなかなか長い旅をするようだが、バッカン市内では川幅は20メートル程度、それも水量の少なさからとてもおとなしく見える。
 木製の橋を犬が行き来し、川原の家庭菜園ほどの畑に一頭、牛がつながれている。じつにのどかな省都である。

 国道沿いの庁舎郡とは別に、商店は国道から分岐した「旧道」に集まる。商店を左右に見ながら歩くと、ときどき馬車や牛車とすれ違う。バイクも一定量見られるが、カオバン以下である。この旧道を進んでいったところにあるのが市場だ。

バッカン市場の前の通り。夕方になると屋台が出て賑わう
 市場周辺だけはバイクやトラックの発着で喧騒に覆われている。なかに入ると湿った薄暗さに包まれる。その日の商いは昼前とあって終わりに近づいているようだった。チョロンのビンタイ市場が夕方でもうるさいのと比べると別世界である。

 

イノシシ的女性
 しばらく歩き、国道との合流地点近くのカフェに入る。
 出てきた若い女は、今し方山から降りて来たイノシシのように堂々たる体躯である。片言で少し話すと彼女はいかつさに反してじつに開放的な女性であることが判明する。そのあっけらかんとした性格は、僕が彼女と同年齢であると教えるや、さらに調子づいた格好になった。
「ええっ、まだ結婚してないのっ! どうして結婚しないのよっ!」彼女は言う。余計なお世話には慣れているが、驚くイノシシは新鮮である。
「……で、あなたは?」僕は尋ねた。体型からして彼女なら五、六人(頭?)の子供がいてもおかしくない。
「まだよ」彼女は自信たっぷりに微笑んだ。

物流の現場
 バッカンからチョドンまでは、市内から45キロ、バスで1時間半の道程である。明るさの増す初夏の陽気でバスに乗るのも気持ちがいい。高床式の家が川の近くや山腹に点々とし、木々に埋もれたその感じから日本の山岳寺院を思わせる。

バッカン省で見る川の色はベトナムらしくなく(?)、澄んでいる
バッカン省で見る川の色はベトナムらしくなく(?)、澄んでいる
 坂道にさしかかると前方から通学途中の少年少女が自転車に乗ってシャーッという音も爽やかに過ぎていく。こちらが下りになると、あえぐ表情で自転車を押して上がるのである。幅のない道路を行くのはバス、トラック、バイク、自転車、馬車、牛車である。最後の二つは鈍行ペースである。

 停車したある町で運転手は荷物を地面に置いた。近くの民家から老人がよろよろと出て来て礼を言って料金を払う。バスによる物流はこうして機能する。ある場所で頼まれた荷物をバスが目的地で落とす。受け取りは適当――そんな感じである。

 時間指定も壊れ物も厳密にはないだろう。あるのは急がずに荷物を送り、またそれを気長に待てるルーズさである。

 急ぐ必要があるから急ぐのでなく、急ぐことのできる環境だから急ぐ。列車の発車ベルが鳴るから駆け込み乗車をしたくなる。たとえ2分に1本到着する山手線であっても――そういうことで日本は忙しい。ベトナムではその反対を見る思いだ。

お金談義
 チョドンの町は山間の窪地にある。中心と言えるのは角に郵便局を持つ十字路あたりなのだろうが、ここから100メートルも行けば緑の山と対面である。この町からはバッカン省最大の観光地バベ湖(Ho Ba Be)につづく道が走る。近くの民家からはTVで流れる歌声に混じって豚声(ぶたごえ)が通りまで届く。

チョドンではこんな風景ばかりがつづく
チョドンではこんな風景ばかりがつづく
 カフェに入ると、ぎょっとした表情で中年の女が迎えてくれた。僕の怪しいベトナム語を「いやあ、上手ねえ」といい、外から帰って来た娘を紹介して、「結婚したら」と勧める。母親の名前はホアンで娘はハー。ハーさんはマンゴーを剥くのに果物包丁を持ってきて、それを僕の目の前で振り回す。「あはは」と笑ってみせる。

「日本のお金、見せてよ」と母親のホアンさんは猫のように体をくねらせて言う。
 硬貨しか持っていないのでその旨を伝えると彼女はそれでいいと言う。100円玉には彼女は惹かれないらしい。
「これは1万6000ドンです」と僕が説明してもあまり面白くなさそうである。代わりに50円玉を出して「8000ドン」というと目を輝かすのだ。そして「これを頂戴よ」と言う。100円をと所望されるよりは気がほんの少し楽だが、なぜ額面の小さい方なのだろう。僕が「どうしてこっちですか?」と尋ねると、ホアンさんは早口でその理由を話す。両手の人差し指と親指を胸の前で合わせ、それから首のうしろに回して同じように合わせる。

50円玉の水
「何でしょう?」
 僕の答えに彼女は何度も何度も繰り返す。それはネックレスを示すジェスチャーだった。50円玉の穴に何かを通す真似をしてくれたのでわかった。
「でも8000ドンだからなあ」

 実際のところ、タダで人に物をあげることは、個人的親交の場合を別として、望ましくないと思う。自国ではジュースの一本も買えない金を、途上国の人に気前よく渡す姿にはあまり共感しないのである。ただの円高差益だと思えばいいのだろうが、それでも気恥ずかしさからは逃れられないだろう。

何もない田舎の風景がひたすらつづくのが美しい
何もない田舎の風景がひたすらつづくのが美しい
「カフェ・スア・ダーはいくら? はあ、4000ドンですか。あと4000ドン、そうだな、あの水を下さい」
 僕は店のガラス棚で埃を被ったボトルを指差した。グローバル企業――コカ・コーラ、ペプシ、ネスレあたり――がベトナムの大都会で販売する水とは違う、各省に1ブランドはあるミネラル・ウォーターと同類である。バッカン省もそれを持つらしい。

 あの類は500ミリリットルなら3000ドン以下が相場である。だから僕は多めに払うわけだ。
「わかった。じゃあカフェ・スア・ダーとあの水で8000ドンね」
 
 めでたく交渉成立、50円玉は水に変わった。
(これはわらしべ長者の逆だな)と思う。
 日本銀行が作った硬貨は今でも、チョドンの町外れ、カフェの女の胸に揺れているのだろうか。
「これね、8000ドンだったのよ」ホアンさんはひょっとしたら客に言っているのかもしれない。「日本人とね、カフェ・スア・ダーと水1本で交換したのよ」

バッカン宿泊データ
名前:Huy Huong
料金:95000ドン
部屋の広さ:八畳程度
設備:エアコンなし。扇風機。温水シャワー
レセプション:元気溌剌の少女が掃除から何からすべてやっていた
一言:ベッドを寄せた壁に鏡が張ってあった。広く見せるためか

(VietnamGuide.com)

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